大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)790号 判決

上告人

高見有彦

右訴訟代理人

武藤達雄

被上告人

福永具満

右訴訟代理人

門前武彦

主文

原判決中、上告人に対する本件土地の明渡請求に関する部分及び昭和四三年二月一日から右土地明渡ずみに至るまでの損害賠償請求に関する部分並びに昭和四三年二月一日から昭和四七年五月一六日までの賃料請求に関する部分を破棄し、右破棄部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

上告人のその余の上告を却下する。前項に関する上告費用は、上告人の負担とする。

理由

上告代理人武藤達雄の上告理由第二点ないし第四点について

原判決によれば、上告人は、被上告人に本件土地を木造建物所有の目的で賃貸しているものであるところ、昭和三二年七月三〇日被上告人に対し地代が比隣の土地の地代及び諸物価の高騰に比較して不相当になつたとして同年八月一日以降の地代を月額一万〇二四二円に増額する旨の意思表示をしたが、被上告人はこれを支払わず、昭和三七年六月二五日に至つて昭和三二年八月分から昭和三四年一二月分までの月額三五〇〇円の割合による地代と昭和三五年一月から昭和三七年六月分までの月額六五〇〇円の割合による地代を一時に供託し、その後も月額六五〇〇円ないし七〇〇〇円の割合による地代を供託しているにすぎないので、上告人は、約定に基づきあらかじめ催告することなく昭和四三年一月三一日送達の本件訴状をもつて被上告人に対し右地代支払債務の不履行を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたと主張して、被上告人に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求めていることが、明らかである。

これに対し、原審は、上告人の右賃料増額の請求は、昭和三二年八月一日以降月額九〇〇〇円の範囲内において効力を生じたとしたうえ、被上告人は右増額地代を現実に支払わないのみならず、弁済の提供をして受領を拒まれたことがないのに地代を供託したのであるから、右賃料支払債務の不履行の責は免れないとしたが、賃料支払債務の不履行を理由とする契約解除権は、一〇年の時効により消滅すると解するのが相当であるところ、本件では、一回でも地代の不払があつたときは催告を要せず直ちに本件賃貸借契約を解除しうる旨の特約があつたのであるから、上告人は、昭和三二年九月一日には本件賃貸借契約を解除しうるに至つたのであり、したがつて、上告人が本件賃貸借契約解除の意思表示をした昭和四三年一月三一日当時には、すでに右解除権は時効により消滅していたと判示して、被上告人の右解除権の消滅時効の抗弁を容れ、上告人の請求を棄却した。

ところで、賃貸借契約の解除権は、その行使により当事者間の契約関係の解消という法律効果を発生せしめる形成権であるから、その消滅時効については民法一六七条一項が適用され、その権利を行使することができる時から一〇年を経過したときは時効によつて消滅すると解するのが相当であるが、本件では、上告人の契約解除理由は、昭和三二年八月以降昭和四三年一月までの地代支払債務の不履行を理由とするものであるところ、被上告人の右長期間の地代支払債務の不履行は、ほぼ同一事情の下において時間的に連続してされたという関係にあり、上告人は、これを一括して一個の解除原因にあたるものとして解除権を行使していると解するのが相当であるから、たとえ一回でも地代の不払があつたときは催告を要せず直ちに契約を解除することができる旨の特約があつたとしても、最初の地代の不払のあつた時から直ちに右長期間の地代支払債務の不履行を原因とする解除権について消滅時効が進行するものではなく、最終支払期日が経過した時から進行するものと解するのが相当である。

そうすると、上記判示と異なる見解のもとに、本件賃貸借契約の解除権は時効により消滅したとして被上告人の右解除権の消滅時効の抗弁を容れ、上告人の請求を棄却した原判決には、解除権の消滅時効の起算点に関する法律の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨はこの点で理由があり、原判決中、上告人の被上告人に対する本件土地明渡請求及び昭和四三年二月一日から右土地明渡ずみに至るまでの損害賠償請求を棄却した部分は、その余の論旨につき判断を加えるまでもなく、破棄を免れず、原判決中の右部分が破棄を免れない以上、予備的請求として認容された昭和四三年二月一日から昭和四七年五月一六日までの賃料支払請求に関する部分についても当然に破棄を免れない。そして、右各破棄部分については、更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。なお、本件上告中、昭和三二年八月一日から昭和四三年一月三一日までの賃料支払請求に関する原判決の破棄を求める部分については、上告人は民訴法三九八条に違背し民訴規則五〇条所定の期間内に上告の理由を記載した書面を提出しないので、同部分に関する上告は却下を免れない。

上告代理人武藤達雄の上告理由

第一点 〈省略〉

第二点 原判決は次の点で民事訴訟法の弁論主義に違反している。

原判決は、(1)被告人が一回でも賃料の不払があつたときには直ちに本件土地賃貸借契約を解除しうる旨の特約があること、(2)被上告人が昭和三二年八月一日以降の適正増額地代額が月額九、〇〇〇円であるのに三、五〇〇円しか供託しなかつたから債務不履行であると判示したうえ、昭和三二年九月一日に解除権が発生したが一〇年の消滅時効により解除権は消滅していると判断している。

けれども上告人が第一、二審で解除の原因として主張しているのは、昭和三二年八月分(支払時期同月末日)の地代の不履行だけをとらえて解除権発生の要件事実として主張しているのではなく昭和三二年八月末日から本訴状送達(昭和四三年一月三一日)まで一〇年五ケ月間の継続的長期的債務不履行を(被上告人の背信性を加えて)全体として解除権発生の原因として主張しているのである。

このことは訴状の請求原因第五項の記載内容及び第一審の上告人の昭和四六年一〇月九日付準備書面の内容をみればその趣旨は明瞭である。

この点で原判決は上告人の主張している請求原因である解除権発生の原因である債務不履行の意味を誤解し、判断を遺脱している。

第三点 原判決が解除権の消滅時効の起算点を昭和三二年九月一日としたことは民法一六六条の解釈の誤りがある。

即ち借地契約において借地人が一回でも賃料の不払があつたときは、直ちに借地契約を解除しうる旨の特約があつた場合に、借地人がある月から引続いて地代を支払わなくなつたとき、貸地人はどの月分の地代不払を理由として解除しても差支えない。換言すれば地代不払という債務不履行の事実は毎月発生し、それに相当する解除権が発生する理である。本件の場合、昭和三二年八月分の地代不履行による解除権は、被上告人が昭和三二年八月分の適正地代額九、〇〇〇円を同月末目支払わなかつたことにより翌九月一日に発生したが、被上告人は昭和三七年六月二五日まで全く地代の供託さえしておらずその後も昭和四七年五月一八日、昭和四六年一一月分から昭和四七年四月分まで六ケ月分を月一五、〇〇〇円宛供託するまで月九、〇〇〇円の適正地代の供託をなさずにきたのであるから、上告人はそのいづれの月の地代不払を理由としても解除しうる理由である。

ところで本訴状送達による解除の意思表示は、昭和三二年八月分(同月末日支払期)から本訴状送達までの長時間的、継続的本債務不履行を原因とするものであるから、訴状送達の昭和四三年一月三一日から遡つて一〇年以降の債務不履行による解除をも含んでいるのである。従つて消滅時効の起算点を昭和三二年九月一日とする原判決の解釈は、長期的債務不履行を理由とする上告人の解除権の主張には妥的ではない。換言すれば上告人の解除の原因は一〇年を経ていない昭和三三年一月三一日、以降の債務不履行をも原因としているのである。

第四点 原判決が一〇年間の消滅時効を判示して解除権を否定したことは審理不尽であり、最高裁判例にも反している。

最高裁判所第一小法廷昭和四一年一二月一日判決(昭和四一年(オ)第六六〇号事件)によると、賃料の催告と右催告の趣旨不履行による賃貸借契約解除の意思表示との間に約一四年間のへだたりがあつても、相手方において右催告に基く解除権の行使はないものと信ずべき正当な事由が生じたとはいえない事情のもとでは右意思表示のときまで右解除権は存続していたと解すべきであるとされる。

右趣旨は昭和三〇年一一月二二日第三小法廷判決(昭和二八年(オ)第一三六八号事件)など最高裁判例の定まつた見解と思われるが、本件の場合上告人は長期間に亘り増額請求を何回となく続けてきており、被上告人が解除権の行使はないものと信ずべき正当な事由は、何一つ存在しなかつた。原判決はこの点審理不尽も甚だしい。

第五点〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例